目標、目の前の事を確実にこなす。
「アラ」
気がつけば既に朝。
外は眩しいほどの快晴で、雀が忙しなく鳴いている。
図書室で見つけてきた興味ある本を読み終えたと思ったら、
どうやら徹夜してしまったようだった。
「…せめてシャワーくらい」
汗はかいていないし、臭いも気にならなかったが、
そこはエチケット。と風呂場に向かった。
軽く流して、制服を着る。
鮮やかな青の袴のひもをきちっと締めて、
寮の一室の扉を開ける。
そこには十四郎が立っていた。
「おはよ」
普段束ねている髪の毛は無造作に放り出されていた。
どうやら寝坊したようだ。
「お早う。朽木はもうついてるかな」
「多分ね」
廊下を歩き始める。
体重で軋む足音は、何分変わらぬいつもの日常。
教室前まで来て、扉に何も挟まっていない事を確認する。
ゆっくりあけると、一番手前の席に白哉はいた。
「おはよう白哉」
虚弱体質とは思えない足取りで白哉の元へ駆け寄る。
三人揃う事を、十四郎は他の誰よりも喜ぶ。
仲間意識が強いのは、女性的な性格か。
「…昨日より二分遅い」
ぽそっと呟いた白哉の顔を見やると、
何か良い事でもあったのか口元に笑みが見られた。
こいつも人間なんだな、と喜助は思った。
「兄は人を眺めるのが趣味か?」
目が合った。
それでも黙って見続けていたら、そういわれた。
喜助は笑って、
「今はマンウオッチンっていうんスよ」
と返した。
十四郎は太い眉を寄せて横文字に首をかしげていた。
夢は自分の研究所を作る事。
今まで色々とこっそり悪戯をしてきたものの、
やはり堂々とやって、正当な評価を受けたい。
自分のしてきた事は、死神にとってどのような利益をもたらすか。
護廷十三番隊に入れなくていい。
それに変わる何かを作って、堂々と研究したい。
二人は協力してくれるだろう。
「一限目って何だっけ」
「鬼道」
うわぁ、と十四郎が机に突っ伏す。
十四郎は素質はあるものの霊力を使うのを嫌った。
体力がないからだ。
いつも途中で吐血して医務室送り。
その所為で授業が一人遅れる。
「…今日一日また医務室か…」
確か四番隊は救護専門だったか。
きっと死神になったらそこの世話になってばかりなんだろうなぁ。
ぶつぶつと言う十四郎の横で、喜助は上の空だった。
薬が要る。彼の病を完治させずとも緩和させられる薬。
今あるものだけでは、絶対に長く生きられない。
授業開始の鐘が鳴っても、考え事はやめなかった。
考えても仕方ない。まずは、死神にならなければならない。
どうせすぐ卒業できる。
試験だって、一発で受かる自信がある。
だから、今はまず―
「おい」
ごつ、と音を立てて、鈍い痛みが頭を直撃した。
「…え?何…朽木」
右を向けば、あっちを向けと指差される。
わけもわからぬまま左を向けば、
十四郎の口がぱんぱんに膨れている。
何かを含んでいるようだ。
「…」
つん、と押してみれば血液がどばっと流れ出してきた。
と同時に凄い勢いで十四郎はこちらを向き、
涙目で叫んだ。
「我慢してたのにー!!」
教師は真っ青になって、医務室に行くよう指示した。
椅子にしがみ付いて嫌がる十四郎を、黙ってみていると、
白哉が立ち上がった。
何をするのかと思えば、首の後ろを思い切り叩いた。
「く、朽木…」
教師は青さを増した。
十四郎は意識を失い、白目をむいている。
二人で担いで、医務室へ向かった。
「浦原」
十四郎の脚を持っている白哉が呼んだ。
声を自分からかけてくるなんて珍しいので、
一瞬反応が遅れた。
「…何?」
ふう、とため息をついてから、白哉は真っ直ぐ喜助を見た。
自分が女だったら失神してしまうほどの美貌。
羨ましい限りだ。
「何を考えているのか知らぬが、最近兄はおかしいぞ」
少しドキリとした。
隠しているつもりはなかったが、知られていないと思っていた。
隠す事でもないけど、なんとなく、自分だけで考えていた。
昨日喜助だけ図書室に行ってしまった時に、
十四郎が言っていたそうだ。
「俺達は喜助の手伝いはできないのかな」
と。
いつもは半分しか開いていないやる気のなさそうな目を、
思い切り見開いて、白哉の話を聞いた。
「兄が何をしているのかなど私は興味はない」
足首を持ち直す。
目線は少し下方へ。
「だが、足手まといだと思われるのは少々…」
眉を寄せ、その先は口から出てこなかった。
ふと喜助は自分の指先を見る。
研究開発を独自に進めるなかで、
酸性の液体を浴びてドロドロになった先の皮、爪。
十四郎は、見ていたのか。
「…」
「浦原」
ゴトン、と十四郎の脚を徐に手放し落とす。
両手が開いた白哉は、襟巻きを直した。
「浮竹は莫迦だ。しかし、馬鹿ではない」
そして、少しだけ笑った。
口元だけ。ほんの少し。
「私に至っては言うまでもない。だから」
頼られるのは御免だが、話くらいしろ。
それだけ言い残すと、そのまま教室に戻ってしまった。
呆然と立っている喜助は、は、と我にかえる。
秘密主義だったわけでもなかったが、
それが十四郎には不安に、
白哉には不満になっていたようだった。
仲間はこいつらだけなのに。
喜びと悔しさが入り混じる複雑な気持ちで、
ぽつりと呟いた。
「一人で運ぶのかよ」
どっちかって言うと三人の中では傍観者だと思います。喜助って。
だから群れ意識(嫌な言い方)の強い浮竹は凄い不安がると思います。
これ技術開発局の話にしようと思ってたんだけどなぁ…失敗失敗。